不況下にマーケティング予算を削減する?しない?
景気後退感は否めない
日本では倒産件数が前年同月36.3%増
倒産件数は、2022年5月から2023年3月まで11カ月連続で前年同月を上回り、2023年3月のは前年同月に比べて36.3%多い800件となりました。
2023年3月度の倒産企業の傾向としては、業歴「30年以上」が最多、業歴「5年以上10年未満」の新興企業が続きます。コロナ融資後倒産、人手不足倒産、後継者難倒産、物価高(インフレ)倒産などを理由に企業倒産は増加基調を強めています。
アメリカでも、2020 年6月にバイデン政権は給与保護プログラム (PPP) を開始し、8,000 億ドル近くの低利融資を中小企業に提供しました。PPP 資金はほぼ枯渇し、企業が PPP なしで生き残ることができるのか疑問が生じています。
FOMOからの解放
世界的にも、利益のないテクノロジー企業、SPAC(特別買収目的会社:未公開会社の買収を目的として設立される法人)、暗号通過関連に対して、投資家はさらなる影響に備えて選別をするタイミングに迎えているとも言われています。投資家たちはFOMO(Fear of Missing Out:取り残される恐怖)を断ち切るタイミングになるのでしょうか。
また、ハイテク企業は高給で人材を獲得し、さらに拡大するという成長シナリオを描いてきました。しかし、株価下落、金利上昇、インフレ、景気後退の懸念から、レイオフが行われました。
不景気とマーケティング予算の関係
このように最近は不景気な話題も多く、「不景気」という言葉を発せられると、マーケティングは真っ先に費用を削減されるセクターです。マーケティングとは、会社の筋肉ではなく、脂肪と思われてしまっているのでしょうか。
このような変化も激しい不況下で、本当にマーケティング予算を削減すべきかを考えてみましょう。
不景気のマーケティングコストの捉え方
なぜ、マーケティング予算は不景気になると圧縮もしくは削減されてしまうのでしょうか。
それは、おそらくマーケティングは結果もスキルも目に見えず、価値が測りにくく、もともと評価が低めであることも要因ではないでしょうか。誰が素晴らしいマーケーターかも実は外から見るとわからない気もしないでもないです。数字化しにくい無形財産であるマーケティングは、企業にとっては数字に直結しないと最初にカットできるセクターと考えられてしまいます。
実際に、Google と Facebook は、ビジネス サイクル (景気変動) に伴うマーケティング支出の急減により、広告収入が大幅に減少していると報告しています。デジタルマーケティング自体も潮目にあり、景気変動だけではないと考えています。ソーシャルメディアの衰退が意味している理由を考えて、今後の施策を検討する方がいいでしょう。
今回の景気後退という状況下は、ソーシャルメディアの衰退をはじめ、マーケティング手法やスタンスが大きく変わる潮目でもあるかのようなタイミングに感じます。2023年10月からステマ規制が始まります。ステルスマーケティングのような手法が広告・宣伝活動において散見していたのは事実でしょう。今までの倫理観を欠いた一部のマーケティング活動により、メッセージを消費者が信用しづらくなっている可能性もあるのではないでしょうか。
このような、潮目の変わった不況下で、マーケティングコストを削減すべきか――マーケティング費用のさまざまなカテゴリー、過去の事例などを参考に考えてみましょう。
不景気で削減するマーケティング領域のカテゴリーはどれ?
日本では、マーケティングと言ってイメージされるのは、SNSや広告、宣伝やPRなどプロモーション部分に感じます。最近ではマーケティング・コミュニケーションと言われるようになっていますが、あくまでもプロモーションです。マーケティングの領域は実はもっともっと広いのです。
研究や開発や調査、新製品やサービスの発売(4P:Product)
価格とプロモーション(4P:Price/Place)
コミュニケーション(4P:Promotion)
コンテキストへの応答の調整(4P:Promotion/)
上記のマーケティング領域のカテゴリーごとに、不況下での予算やリソースの削減に関して考えてみましょう。
1.研究や開発や調査、新製品やサービスの発売
新たな商品やサービスを市場に投下するために、研究や開発、調査が行われます。新製品やサービスの開発プロジェクトは、景気後退を理由に中止されることもあるでしょう。
不況下の商品やサービスのローンチに関して、好景気時のローンチと比較した研究が行われています。
18 年間にわたる英国の 消費財カテゴリーにおける 8,981 件の製品発売、 63 年間にわたる米国の自動車市場における 1,071 件の製品発売を調査した研究があります。
その結果、景気後退時に立ち上げた商品やサービスは長期的に存続する可能性が高く、売上高も高いことが示されています。一方、より深刻な不況では生存期間が短くなることが明らかになりました。
また、BC(景気循環)におけるマーケティングの研究は多く行われており、市場に新たに生じたギャップや消費者支出の傾向の変化に迅速に対応し、経済が改善するにつれて成長の基盤を築くことができる可能性があると言われています。
景気後退時のローンチに成功させるには、研究開発や市場調査を維持し投資を集中させ、タイミングやターゲッティングがマッチしたなどの条件もあるでしょう。一つ言えることは、人間の心理として、景気が少しでも上向き安定してきたタイミングに、今までは購入できなかった新しい何かを購入したいと考えるのではないでしょうか。新しい何かは市場に新たに生じたギャップではないでしょうか。
このカテゴリーは、マーケティング・ミックスで使われるフレームワークである4PのProductの領域です。他のマーケティング領域のカテゴリーよりも、長期的なパフォーマンスを発揮する特長があります。
2.価格とプロモーション
このカテゴリーはマーケティング・ミックスで使われるフレームワークである4PのPriceの部分です。価格で差別化を行う割引キャンペーンのようなプロモーションについて考えてみましょう。
不況下でもなんとか売上を維持しようとした際に、売上=単価×販売数のどこを変更できるかと思い悩み、変更できる「単価」をどうにかしてコントロールしようと考えます。景気後退時には消費者は価格に敏感に反応するので、注意しましょう。
単価×販売数=売上
不況下での価格プロモーションは、通常の価格に戻した時に消費者に影響を与え、一時的な値下げによる売り上げの伸びがないことが示されています。これはとっても面白い研究だったので、詳しく解説してみましょう。
不況下では価格プロモーションの効果が薄れる?
不況下では価格プロモーションの効果が薄れると示唆したのは、「ブランディングの科学」の著者でもあるバイロン・シャープ(Byron Sharp)。バイロン・シャープ先生は、実証データに基づいた理論を展開しており、コトラーを覆すというキャッチコピーでコトラーを否定していることで知られています。
下記の図は、バイロン・シャープ先生の研究結果を簡易にわかりやすく表したもので、10% の値下げと10%の値上げの価格変化に対するピーナッツバターの売上高の変化 (%) を示しています。労働市場が困難に陥っている市場(左側)、労働市場が回復している市場(右側)です。右に行くほど好景気です。
この研究の結果から、労働市場が困難に陥っている市場(左側)では、労働市場が回復している市場(右側)に比べて、値下げによる売上高への効果は小さくなります。
しかし、この研究結果も市場やプロダクトが変われば、また違った結果になるかもしれません。現実世界では、最終的には経験の深さとマーケターのセンスが意思決定では問われるでしょう。
こういったBC(景気循環)におけるマーケティング効果の研究は多くの研究者に注目されています。データサイエンスが進んだから可能になっているとも言えるかもしれません。マーケターにとっては判断材料が増え、複数の事柄を連携させて考えることを可能にするデータサイエンスは非常に興味深いアイテムになっていくのではないでしょうか。
リーマンショック後の値上げの影響
かつてThe Economistで、金融危機での消費財メーカーの明暗が語られていました。
不況下でも消費財は強いと信じられていましたが、すべての消費財メーカーの振る舞いが消費者に受け入れられるわけでもないということがわかりました。
この不況で売上が減少したのは、大手消費財メーカーで、その原因は店舗独自のブランド、つまり「プライベートブランド」との競争によるものでした。プライベートブランドは大手消費財メーカーの商品に比べて価格が3/4ほど。さらにタイミングを誤って最大5分の1に値上げしたことで、この傾向が加速しました。
さらにプライベートブランドにより多くの棚スペースを与え、大手ブランドの存在を目立たなくすることでさらに大手ブランドを圧迫していきました。
利益率をコントロールするのはあり?なし?
また、利益率を上げるというのも社内報告のためによく行われる手法に思います。利益率は(売上-原価)➗売上=利益率となります。原価をコントロールすれば、利益率もコントロールできます。
(売上-原価)÷売上=利益率
日本では原価のコントロールにも目が行きがちですが、原価の抑制はなかなかおススメはできないです。下請けに負担を多くかけず、品質も悪くせずに、単価以外で利益率をコントロールできるのではあれば良い方法だとは思います。しかし、現実的にはなかなか難しく、成長性もなく、消極的な選択でもあるように思います。
3.コミュニケーション
SOV (シェア オブ ボイス:ある商品カテゴリーの全広告量に対する、当該商品やブランドの広告量の割合) を維持することが重要であると主張されていますが、SOV は長期的にはブランドに利益をもたらす可能性が高いという理由からです。
リーマンショック後のプロモーション効果
2008 年の金融危機では、かつて不況に強いと信じられていた消費財メーカーも落ち込みました。売上高で世界第3位の消費財企業ユニリーバは2009年8月、第2四半期の利益が前年同期比17%減少したと発表し、P&Gは四半期の利益が前年同期比18%減と報告しました。
消費財メーカーはプライベートブランドとの競争に不況下で敗れた結果でした。
しかし、すべての消費財メーカーが不調だったわけではありませんでした。注目すべきは、家庭用クリーニング用品の世界最大のメーカーであるReckitt (英国企業)の健闘です。
Reckitt は、2009年に第2四半期の利益が前年比14%増加、売上高が8%増加したと報告しました。この成功の要因は、ブランドの管理、マーケティング、ポジショニングが大きかったと後に言われています。この成功を担当者は「少数精鋭で、ヒエラルキーのない組織体制で、競合他社よりも迅速に意思決定を行うことができたことだ」と説明しています。
Reckitt は、競合他社のほとんどが削減を進めていた2008年に、マーケティングへの支出を 25% 増加させました。さらに、Reckitt のマーケティング責任者のベヒト氏は、「消費者がより高価なブランド品を購入するよう説得できる」「消費者は新しいフレーバーや香りなどの小さな変更にはお金を払わないだろう」とも言っています。
マーケティング・コミュニケーションの変化
さらに、近年はパンデミックや地政学的リスク、景気後退という変化に加えて、ソーシャル メディアも変化しています。Facebook と Twitter は、衰退に苦しむ主要なソーシャル メディア プラットフォームとしてよく挙げられます。マーケティング・コミュニケーション自体も、変わっていくのではないでしょうか。
4.コンテキストへの応答の調整
不況下において、生命活動に必要なものを除く、消費の優先順位を再評価します。自動車、電化製品、家電製品、レストランでの食事、旅行、芸術と娯楽、新しい衣料品、お菓子など。
不況下はお金を使うのをやめる時だけでなく、お金の使い方を変える時でもあります。
これは好機でもあります。なぜなら、景気後退時に顧客が必要とするものになりたいと考えている企業は、獲得した新規顧客の多くを維持し、既存の顧客のロイヤルティを強化できるからです。
このチャンスに、顧客の心理や行動変化を把握して、ターゲットをイメージし、メッセージを調整する必要があるでしょう。
マーケティング予算に関して誰に相談する?
営業目的で、広告代理店やマーケティング会社は、「不況下でも広告を止めない方がいい!」と言うかもしれません。大事なことは、マーケティング支出を止めた方がいい理由も、マーケティング支出を止めない方がいい理由も、どちらも適切に理解して、予算を再配分すること。
不況下でのマーケティングは判断に難しく、簡単には回答はできないと思います。即答できるような質問ではないので、それなりに時間がかかり、相談は無料ではなく有料の域になるでしょう。
コストを抑えることは、財務上は賢明なことであると思います。その上で、必要なものと無駄なものを区別するように注意する必要があります。
しっかり教育されているマーケターであれば、マーケティング施策を検討する際に、悲観予測、標準予測、楽観予測の3パターンを予測してから実施することが多いでしょう。その通常業務は、不況下では役に立ちます。悲観予測、標準予測、楽観予測で予算を再配分が可能でしょう。
悲観予測
標準予測
楽観予測
戦略的に何に投資するのか考える力や経験、そして倫理観が必要でしょう。無形のスキルや評価しづらい結果といった特徴のあるマーケティングですが、不況と言われる時期にマーケティングの本質的な存在価値を向上させましょう。
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